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10数年振りに明大前駅を利用したが、以前の記憶も既に無く、サインを頼りに階段を降りていった。
井の頭線のホームに立つと、向かいのホームには幾つものお洒落な店が並んでいた。
左から売店、ベーカリー、生花店、Soup Stock Tokyo、カレーショップC&C、文明堂、追分だんご、ヒロタと並んでいる。
そして上部には、ガラス張りの立派な駅ビルがそびえていた。
昔の薄暗い雰囲気の井の頭線のホームは、何処に行ってしまったのか?
とても明るく開放感があり、乗り換えの待ち時間に、『ちょっと覗いてみようか』、『そう言えば、小腹が空いたな』と、つい寄って財布の紐を緩めてしまいそうである。
私は1998年初頭から今年の6月末までの10年半、広島の中山間部に居たので、正に浦島太郎状態である。
東京のあらゆるモノが変わっている。
街作りそのもののコンセプト、センスが大きく変化していることに、遅ればせながら気付かされる。
以前は、駅のホームにこのような洒落た店舗が並ぶことは考えられなかった。
タブー、先入観を超越する自由な発想が必要なのだろう。
反対側のホームから、私はそんな店舗や人の流れをボンヤリ眺めていた。
その時、違和感の有る音が私の耳に飛び込んできた。
「ウィーン」という軽快な音である。
そちらを見ると、30過ぎ位のサラリーマン風の男が、顎に手を当てながら気持ち良さそうにシェービングである。
私は目を疑ったが、彼は右手に持った電動シェーバーを上下左右に巧みに動かし、左手で剃り残しを確認している。
呆れもしたが、他人事ながら、『鏡が無いと、モミアゲ際の精度が出せないだろうな』と心配してしまった。
渋谷行きの電車がホームに入ってきた。
昼時ということもあり、車内は空いていた。
私は、髭剃り男の真正面に座った。
今一度観察すると、白い半袖のワイシャツに薄いピンクのネクタイを多少ルーズに結んでいる。
肩からは、黒いショルダーバッグを下げている。
今度は、ボタンダウンのボタンを留め始めた。
フレックスタイム採用の企業にお勤めなのだろうか?
しかし、昼過ぎの御出勤とは羨ましい。
身支度を整えながら、只今御出勤という雰囲気である。
彼の着ている白い半袖のワイシャツの袖からは、下に着ているグレーのTシャツの袖が約1センチはみ出している。
彼も一応それを気にしているのか、時々Tシャツの袖を押し込むような動作を見せるが、無理というものである。
そのうちに、身体を左右にモゾモゾ動かし始めた。
左手を尻のポケットに回した。
ポケットから出てきた手には、メタリック・グリーンの携帯が握られていた。
携帯をスライドし、周囲に臆することなく会話を始めた。
声を落とさないので、聞くつもりが無くても聞こえてくる。
電話の相手は取引先のようである。
その会話の中で、気になった言葉があった。
「こちらこそ、ヨロシクですーっ」と仰ったのである。
私は、『そんな日本語ねーだろ』と思いながら、聞いていた。
この時思い出したのが、商談中などに、「ナルホドですねー」という人が居るが、あれも変である。
こういう時、『俺もオヤジになったなー』と、つくづく思う。
自分の事は棚に上げて、人を批判する。
良くない、良くない。
そのうち、自分で「最近の若い者は」と言いそうで恐い。
「こちらこそ、ヨロシクですーっ」と電話を切った彼は、すかさず携帯でメールを始めた。
相当なテクニシャンと見える。
物凄いスピードでメールを打ちまくっている。
私には出来ない。
この数日前、京王線の車内で一心不乱に化粧をする女の子を目撃した。
揺れる電車の中で、見事に顔を作っていく。
クライマックスは、仕上げのビューラーだった。
白目を剥きながら、小刻みに右手を動かし天高くフィニッシュを決めていた。
彼女の顔には、達成感が溢れていた。
『身支度を整えてから外出する』という常識は、「最近の若い者」には通用しないのか?
時間を有効活用するという点では、理にかなっているのか?
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